お互いがお互いの出方を窺い合っているのか
お互いがお互いの出方を窺い合っているのか、または晦日から翌年上旬にかけて美濃では大雪が続いた為か、
道三と義龍が戦場にて相まみえる気配は一向に訪れることなく、情勢は平行線の一途を辿っていたのである。
<a href=https://cutismedi.com.hk/expert/10/BOTOX%E5%8E%BB%E7%9A%BA%E9%87%9D style=color:#222222;text-decoration:none;>【BOTOX 去皺針】2-7天消除動態紋 - Cutis</a>
この間濃姫は、稲葉山城の義龍に宛てて何度となく戦になる事だけは避けて欲しいと嘆願の書状を送ったが、
義龍の意志が固いのか、或いは途中で差し止められて義龍の手に渡っていないのかで、嘆願に対する返事は一通として届かなかった。
濃姫は不安と哀しみで押し潰されそうであったが、一方ではそんな状況に甘んじている自分がいた事も確かだった。
《 今は何事もなく時が過ぎているが、いつ兄上が此度の決着をつけようと動き出されるか分からぬ。最悪の事態も考えて、至極冷静に行動しなければ 》
《 なれど、このまま冷戦状態が続けばお二方の直接的な争いだけは避けられる。…嗚呼、出来る事ならば雪解けと共にお二方の蟠(わだかま)りも解けて下されば良いのに 》
濃姫は矛盾する二つの思いを、その小さな胸の中にひっそりと同居させていたのであった。
しかし翌年の弘治二年(1556)四月十八日。
濃姫二十二歳の、この麗らかな春の日に、彼女の“一方の”思いは完全に打ち砕かれた。
「──我が父は先の美濃守護・土岐頼芸殿、蝮の道三にあらずッ! 父上の無念を晴らすべく、憎き道三の首、必ずやこの手におさめて見せようぞ!!」
多くの家臣らや、新国主を土岐氏の血筋と信じてやまぬ者共からの厚い支持を受けていた義龍は、
状勢に緊迫感が増し始めた今とばかりに、その重い腰を上げ、道三を討ち果たすべく挙兵したのである。
既に孫四郎・喜平次を殺めたことで腹が据わっていたのか、彼の顔には、もはや戸惑いも、躊躇いの色すらもなかった。
ただひとえに、実父を美濃から追いやり、己を蔑(ないがし)ろにし続けた仇の首を、我が名をもって討ち取りたい──。
そんな、復讐を成し遂げようとする男の敢然とした表情が生々しく浮かんでいたのである。
謀反を謀反とも思わぬ傲慢さで、義龍は自身を支持する者たち、その数ざっと一万七千五百余名もの大軍勢と共に、道三と相見(あいまみ)えるべく出陣したのであった。
一方。鶴山へ登り、美濃中央部を眼下にして陣を構えていた道三勢は
「い…一万七千五百じゃと……。光秀殿、その数に間違いはござらぬのか!?」
「はっ、違(たが)いございませぬ。義龍様を指示する者共が思いの外多く、家臣、豪族の方々はことごとく義龍様の側に付きましてございます!」
光秀が持ち帰った報を聞き、堀田道空を始めとする道三方の重臣たちは、皆々仰天嘆息した。
道三も白髪混じりの太眉をピクリと微動させたものの、概ね冷静沈着といった構えで聞いている。
「一万七千…、我々の六倍もの軍勢ではござらぬか」
「こちらは集めに集め、ようやっとの二千七百余名の手勢というに」
Replies