怒鳴り声にもビックリしたがそれよりも三津が驚
怒鳴り声にもビックリしたがそれよりも三津が驚いたのは,
「何で泣くんです?」
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桂がぼろぼろ涙を流すのだ。京で再会した時もそうだが随分と涙脆くなってるようだ。歳かね。
そう思いつつも泣かせてしまったのは申し訳ないと手拭いを取り出して涙を拭ってあげた。
「今……自分の仕出かした事の重大さを理解した……。好きな人が他の誰かと営むなんて……。こんなにっ……苦しいって……今っ思い知った……。」
桂は三津を力任せに腕の中に引き込んでぎゅうっと抱きしめた。
「こごろっ……さんっ!痛っい!」
その声は届いてなくて,ひたすらごめんごめんと謝罪の言葉が降ってくる。
『私はまた驕ってた……。三津はやっぱり離れないって……勝手に……。』
桂は唇を噛み締めた。京で再会を果たした時,三津が誰のモノにもなってないと聞いて安堵した。やっぱり三津にも自分しかいないのだろうと思っていた。
『違った……。』
妻にしたのにまたどこかへ行ってしまう気がして怖い。不安に飲み込まれた。
「もういいですよ。その件は。問題はこれからです。お話した通り私は本気で九一さんの妻になるつもりでした。だから営みました。」
「聞きたくない。」
「アカン聞いて。」
大の大人が何言ってんのと呆れ返った。
「小五郎さんは私が九一さんと営んだと聞いてそれでも初夜を迎えたいですか?」
「もう言わないでくれ……。」
「もう夫婦ならちゃんと向き合わなアカンでしょ。」
桂は三津を離してくるりと背を向けた。小さく丸まってしょぼくれた背中に三津は溜息をついた。
「ホンマに……私がこんな小五郎さんにしてもたんですね……。明日の挨拶はしっかり努めます。だから安心してください。
落ち着く為の時間が必要でしょうから隣りの部屋に小五郎さんの布団用意しますね。一人の方がいいでしょ。」
準備してきますと立ち上がって部屋を出ようとしたが,その体は引き戻された。
力任せに引き戻されてよろけた体は桂に抱き留められ,そのまま二人で畳に倒れ込んだ。
桂が下敷きになってくれたから痛みは感じなかった。
「一緒に寝よう。」
「分かりました。」
「私は営める。」
「……分かりました。」
すると三津の視界がくるりと入れ替わった。下にいた桂が自分に跨がっている。
上にいる桂が徐に着物を脱ごうとするから三津は慌ててそれを止めた。
「待って!このままするつもりですか?初夜なのに畳?十三歳とも畳の上でしたの?私はその子以上の扱いをしてもらえへんの?」
桂はまた泣きそうになった。
すまないと小声で謝って桂は身を退いた。
それから三津を見ると自制が効かなくなるだけで,大事に思ってないのではないと釈明した。
「やっぱり私が一方的に好いていても駄目だね……。今日は三津の言う通り一人で気持ちを落ち着けるよ……。無理強いしようとしてすまない……。」
三津はじゃあ寝床整えてきますと部屋を出た。桂はその背中を見送って深い溜息をついた。
『今まで以上に冷たい……。』
振り向かせる自信が一気になくなった。
離れてる間に返答の切れ味が増している。きっと文の影響だろう。それにあの一之助と言う男,あれは確実に三津に惚れてると見た。
『歳の近い女子に,客の集まる賑やかな場所,頼もしい男,それに三津を甘やかすのが上手い九一……。こっちの方が居心地良いに決まってるよな……。』
それに“三津”と言う名は,亡き両親からの唯一の形見かもしれないのにそれすら変えてしまった。
「小五郎さん。お湯を沸かしますからゆっくり浸かりませんか?旅の疲れも取れるやろうし,芯から温まった方が良く眠れます。」
戸の隙間からひょっこり顔を出す三津を桂は情けない顔で見つめた。
「どうしてそんなに優しくしてくれるんだ?私は酷いことばかりしているのに……。」
「どうしてって……納得はしてませんけど,小五郎さんは私の夫でしょ?気にぐらい掛けます。お湯沸かしますね。」
そう言うと三津は戸閉めて行ってしまった。
「納得してないか……。」
桂はくくっと喉を鳴らして笑った。それでも夫として受け入れようとしてくれてるのは嬉しかった。少し自信が回復した。
でもここで調子に乗ってはならないと気を引き締めた。
しばらくして湯が沸いたと三津が戻って来た。
背中を流して欲しいと言いたいのを我慢して,澄ました顔でお先にいただくよと部屋を出た。
「……何でついてくるの?」
「背中流そうと思って。えっ余計なお世話でした?」
桂はぶんぶん首を横に振った。三津がそう言ってくれるのなら喜んで甘える。
『三津に背中流してもらうのはいつぶりかな……。』
湯船に浸かっていい感じに温まった所に三津が入って来た。何だか気恥ずかしくなって顔の半分まで湯に沈めた。
「出て来てくれないと流せないんですけど。」
「うむ,出るから後ろ向いててくれないか?」
君は湯着を着てるからいいけどこっちは素っ裸なんだと変な恥じらいを見せた。それには三津も何言ってるの?と目を丸くした。
「じゃあ止めときますか。」
「あー!待って!」
勢い良く湯船から飛び出した。
「何を急に恥じらってるんですか。」
三津に背中を擦られながら面目ないと項垂れた。
そう言う三津は恥じらう様子もない。男の裸を見慣れてしまったのかと思い悲しくなった。
「三津は目のやり場に困らないの?」
「困りますよ。でも偽装とは言え,結婚してた十三歳の元奥さんを考えると苛々しちゃってそれどころじゃないです。」
「それは……。」
調子に乗ってはいけないとさっき気を引き締めたところだが,これはひょっとしたらひょっとするのではと変な期待を抱いた。
余計な一言でまた怒りを煽るかもしれないが確かめたい。桂は意を決して口にした。
「三津,それは嫉妬かい?」
さっきからやけにその子を気にしている。どこか対抗心を燃やしてるようにも思う。すると三津の手が止まった。
『しまった怒らせたか……。』
恐る恐る首だけで振り返って見ると,三津は目を見開いて固まっていた。
「これは……嫉妬……?」
「だと私は思った。比べてるんだろう?妻として自分とその子,どっちが相応しいか。どっちが愛されてるのか。」
「比べてる……んですかね……。私……。でも私は,本当に結婚したかったのは九一さんです……。」
「うん,その気持ちも嘘じゃない本当の気持ちだと思うよ。私がいない間,君の心を潤した九一に愛情を抱くのは自然な事だよ。」
「えっ九一さんを好きなのに何で私はその子に嫉妬してるんですか?もう関係ないのに。」
「三津は私を嫌いになってないと言ったよね?まだ私を好きだと思う気持ちが残ってて,それが嫉妬させてるんじゃない?私の自惚れかもしれないけど。」
三津は自分でも何が何だか分からないと呆然とした。
「私が好きなのは九一さんです。」
「うん,あんまり聞きたくない。」
「結婚したかったんです……。」
「うん,信じたくない。」
「それなのに……嫉妬……?」
三津の頭の中で色んな考えがぐるぐる回った。
『私は九一さんが好きで体の関係も持ったのに,まだ小五郎さんの事も好きで過去に嫉妬してる?』
二人を同時に好きになるなんて……。
「ふしだら!!」
三津は己を恥じてその場に突っ伏した。突然叫んで蹲った三津に何と声をかけようか桂は戸惑った。
「三津,三津。全然問題ない。」
「大有りです!!だって二人同時に好きになって?おまけに嫉妬まで抱くこの貪欲さ!!穴があったら入りたい!!」
何でこんな女になってしまったと頭を抱えて嘆いた。
「くくっ……問題ない。だってこれからまた私だけを見てたらいいんだから。」
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